(こちらは、日本人駐在員の方々向けのJCO「グローバルマネジメントの基礎」シリーズの第3弾です。)
このシリーズでは、一見単純に思えるものの、実は文化によって大きく解釈が異なるビジネス概念を取り上げています。
最初の2回では、エスカレーションや、スタッフ解雇における人事部の役割といったテーマを扱いました。
今回は「マイクロマネジメント」についてです。
最近、あるヨーロッパ人の副社長と興味深い話をしました。
彼によると、日本人の社長はしばしば「マイクロマネジメントは嫌いだ」と口にしているにもかかわらず、その一方で様々な部署の些細なトピックについて、膨大な量の詳細な情報を要求してくるとのことでした。
この「矛盾」は、重要な問いを投げかけています。
「マイクロマネジメント」という言葉は、異なるビジネス文化において同じ意味を持つのでしょうか?
1. マイクロマネジメントのグローバルな定義
まずは、英語の定義を確認してみましょう。
日本版ウィキペディア:
マイクロマネジメントとは、部下の観察と管理に過度に重点を置き、細部へのこだわりを特徴とするマネジメントスタイルです。一般的には否定的な意味合いを持ち、信頼の欠如や「全体像」ではなく細部への過度なこだわりを示します。
興味深いことに、英語語版ウィキペディアの定義もほぼ同じです。
違いがあるとすれば、言葉自体にあるのではなく、文化によって概念がどのように適用されているかにあるのかも知れません。
2. なぜ日本の経営層は自分たちの行動を「マイクロマネジメント」と認識しないのか
伝統的な日本のビジネス文化では、経営層が多くの部署、さらには直接の管轄ではない部署にも、詳細な報告を期待し、要求することが一般的です。
この慣習は「報・連・相」のアプローチに基づいています。
- 報告(reporting)
- 連絡(information-sharing)
- 相談(consultation)
「報・連・相」は、進行中の開発の継続的な可視化と十分な認識を促します。特に海外子会社にとっては、本社に情報を提供する責任ということでもあります。
(エスカレーションを参照)
この観点から見ると、詳細な最新情報を期待・要求することは、管理を意図したものではありません。むしろ、責任あるリーダーシップとして捉えられます。「潜在的な問題を見逃さないように、常に情報を入手したい」という姿勢です。
経営陣がチームに「こうしろ」と行動を指示しない限り、多くの日本人管理職はこれをマイクロマネジメントとは見なしません。「どこで何が起こっているのかを知りたい」という姿勢は、介入ではなく、通常のリスク予防策と見なされます。
3. なぜこれがグローバルな観点では「マイクロマネジメント」と受け取られてしまうのか
グローバルなビジネス文化では、「どのように進めるつもりかを聞いているだけです」と「このようにやって下さい」の違いは明確かも知れません。
外国人幹部なら通常チームに任せるような業務の細部まで、日本人の社長が監視する場合、それは次のような行為と捉えられる可能性があります。
・能力への疑い
・意思決定の二重確認
・幹部レベルの職務範囲をはるかに下回るレベルへの関与
その結果、日本人幹部は「些細な」細部をチェックするために長時間労働を強いられることが多く、それが信頼の欠如や非効率性といった印象を強めてしまう可能性があります。
そのため、たとえリスク回避が目的であったとしても、多くの外国人ビジネスパーソンにとっては、実質的にはマイクロマネジメントとほぼ変わらないものになってしまうのです。
4. 双方にとっての教訓
日本人マネージャーへ
グローバルなリーダーシップに期待される、以下の2つの点を理解することが重要です。
1. 「時は金なり」
経営幹部は戦略的な課題に集中することが期待されています。業務上の細部に時間を費やすことは、非効率的かつ非生産的だと受け取られがちです。
2. 「仕事の主体性」
意図がどうであれ、頻繁なチェックは信頼の欠如と解釈されやすいものです。
外国人スタッフへ
背景を理解することで、誤解を避けることができます。
・報連相は、プロセスを可視化することを目指しており、コントロールが目的ではありません。
・詳細なアップデートの要求は、リスクと不確実性を減らすためのものであり、主体性を奪うものではありません。
・モニタリングは必ずしも不信を意味するわけではありません。(日本では特に)
すべての関係者へ
相互の期待や報告の必要性、どこまでが「適切な関与」なのか等について話し合うことは、誤解を減らし、効率性と信頼関係を高めるために不可欠です。JCOでは、こうした日本人と外国人間の視点のギャップを埋めるためのワークショップを提供しています。